• 東ティモール産コーヒー豆との出会い

    コーヒーの焙煎を始めた際、購入したのはNPOパルシックの東ティモールの生豆でした。
    パルシックの「民際協力とフェアトレード」に共感し、毎日飲むコーヒーは、無農薬・無化学肥料のものが安全で安心と考えたからです。

    手廻し焙煎機で、焙煎の時間や火力などを変え、浅煎りから深煎りまで焙煎しました。
    同じ豆でも焙煎で味わいが大きく変わります。いずれの味もそれぞれの特長があり、焙煎への興味が深まっていきました。

    東ティモールの国旗の赤は長い植民地支配下で流した血を象徴します。
    東ティモールの歴史を学べば、インドネシアに多大な経済援助を続けた日本政府の関わりも見えてきました。3人に1人が犠牲になっていた事実を知り、コーヒー販売を通じて、どのように東ティモールの人たちとつながっていくかを考えました。

    パルシックは毎年ツアーを企画します。コロナが落ち着いた2022年と2023年には東ティモールの村に民泊し、コーヒー生産者と直接交流してきました。

    東ティモールのコーヒーとの出会いは、セレンディピティ(幸運なる出会いserendipity)でした。

    「美味しいコーヒー」にとどまらない魅力を、消費者の皆さんにお伝えします。

東ティモール民主共和国

人口 130万人(2021年世界銀行)
面積 岩手県くらい
宗教 キリスト教99.1% 大半はカトリック
産業 農業(コーヒーなど)石油、天然ガス
1人あたりのGDP 1371米ドル(2013年世界銀行)

  • 首都ディリ

    蒸し暑い昼に比べて、朝夕は比較的過ごしやすいです。海辺で散歩や、サッカーを楽しむ人もいました。

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  • クロロ集落に民泊①

    首都ディリから、パルシックの事務所があるマウベシ村まで車で2時間。

    マウベシ村からクロロ集落まで歩いて2時間。

    標高約1200m

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  • クロロ集落 コーヒーチェリー収穫体験

    8月は通常では収穫を終えている時期でしたが、私たちが収穫体験ができるようコーヒーチェリーを少し残してくれました。

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東ティモールの歴史

東ティモール民主共和国は16世紀初頭にポルトガル植民地になりました。
1942年2月から1945年8月までの3年半は日本軍が占領し、4万人の犠牲者が出たと言われています。

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東ティモールと日本の関係

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コカマウ生産協同組合

2002年に東ティモールのアイナロ県マウベシ郡で、コカマウ生産者協同組合(COCAMAU)を組織して、フェアトレードを開始しました。
2022年現在、28集落737世帯に増えています。

パルシックが集落のパーチメントコーヒーを集荷し、首都の工場で加工し、日本に輸出しています。